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	<title>walking tree</title>
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		<title>見知らぬ子の父となり</title>
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		<pubDate>Thu, 10 May 2012 04:53:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[「胸に塗ったバターで生まれてしまったと聞いて育ちました」
吹き出してしまいそうなことを慎重に呟く下の弟は既に青年で兄とは似ていない。一番上の長女はサルのような大人の女性で馴れ馴れしいので閉口し、兄のほうは近くの大学で野球をやっている時に観た記憶すらあった。それじゃあと立ち去る三人に向かって寝たままの格好でお前だけ一人で来いと弟のほうに言うと、背を向けた兄は鼻を鳴らして長女とふたりさっさと出て行ったが、暫くしてドアから顔だけだして、オレもまたひとりで来るよと笑った。Tシャツの剥げかけたロゴにも見覚えがあった。こちらは頭を下げて一緒に住もうかと女々しいような弟のほうと手を握り合っていたのは、その後であったのか前であったのかわからない。
なぜ気にも留めず生きてきてしまったのか独り病室のような部屋の中に胡座をかいて考え込むうちに眠気が差しとろっと眠ればはっと目覚めすべてが夢の話であったことにようやく気づいた。朝から雨の音がして気温が下がり窓の向こうに洗い流された大気で発色を取り戻した林が弱く揺れている。思いがけない事実がすぐ傍にありながら気づかないことはあるものだが、無関係の文脈にどうして魂が注ぎ込まれ同調しあたかも欠損の真実にようやく辿り着いた心地を寄せることができるのか。夢とはいえ気味悪いというよりおそろしくなった。
この今がうねる糸束の結び目のような可能態として主体を離脱して観測される時はあり、夢はそのような浮遊の儚さの中で紡がれるとしても、数十年を堪えた心情も一瞬に糸の長さで蓄えられているのは、いつからか排泄と享受の割合が大きく入れ替わって只管受け止める時間を過ごしているせいか。
夢にでる子が幼子であるならまだしも、成人の30手前の大人となっているところが事実を飲み下すより一気に刻印を押されるような強さはあった。我が身を数えれば23,4の時の子となる。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「胸に塗ったバターで生まれてしまったと聞いて育ちました」<span id="more-472"></span></p>
<p>吹き出してしまいそうなことを慎重に呟く下の弟は既に青年で兄とは似ていない。一番上の長女はサルのような大人の女性で馴れ馴れしいので閉口し、兄のほうは近くの大学で野球をやっている時に観た記憶すらあった。それじゃあと立ち去る三人に向かって寝たままの格好でお前だけ一人で来いと弟のほうに言うと、背を向けた兄は鼻を鳴らして長女とふたりさっさと出て行ったが、暫くしてドアから顔だけだして、オレもまたひとりで来るよと笑った。Tシャツの剥げかけたロゴにも見覚えがあった。こちらは頭を下げて一緒に住もうかと女々しいような弟のほうと手を握り合っていたのは、その後であったのか前であったのかわからない。</p>
<p>なぜ気にも留めず生きてきてしまったのか独り病室のような部屋の中に胡座をかいて考え込むうちに眠気が差しとろっと眠ればはっと目覚めすべてが夢の話であったことにようやく気づいた。朝から雨の音がして気温が下がり窓の向こうに洗い流された大気で発色を取り戻した林が弱く揺れている。思いがけない事実がすぐ傍にありながら気づかないことはあるものだが、無関係の文脈にどうして魂が注ぎ込まれ同調しあたかも欠損の真実にようやく辿り着いた心地を寄せることができるのか。夢とはいえ気味悪いというよりおそろしくなった。</p>
<p>この今がうねる糸束の結び目のような可能態として主体を離脱して観測される時はあり、夢はそのような浮遊の儚さの中で紡がれるとしても、数十年を堪えた心情も一瞬に糸の長さで蓄えられているのは、いつからか排泄と享受の割合が大きく入れ替わって只管受け止める時間を過ごしているせいか。</p>
<p>夢にでる子が幼子であるならまだしも、成人の30手前の大人となっているところが事実を飲み下すより一気に刻印を押されるような強さはあった。我が身を数えれば23,4の時の子となる。</p>
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		<title>知覚感応の拡張持続手法</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Apr 2012 03:49:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[高画質のデジカメ・モニターや足元に連結して並べるギターエフェクターなどいずれもみえなかったものがくっきりみえたり聴こえなかった音場音圧環境の経験のいわば知覚拡張するデバイス引率によるお遍路となるのが最近の青年らのごく当たり前な individual projectionの選択肢であるので、生まれる時代を間違えていたならば他の手法を選んでいるに違いない人々が等しくプログレスプロダクトデバイスをツールとした精神を養っていることに異論はないが、時々デバイス機能がそのまま自身の肉体であると勘違いをする輩もいる。
問題はそういった知覚拡張（よりよく感応する）の、今は死語となったか知らないがハイパーな表出もスクロール認識も実は既に知覚拡張の旬を過ぎて鈍化劣化に向かっているわけだから、プログレス進捗を待つ態度を維持するか、感応レヴェルの感度を持続的に保持する別のやり方が必要となる。
こうした知覚導入デバイスはしかし超現実へ向かっていると錯覚されるがそうではなくて、あるがままの世界をそのまま曇りなく観測する道具であって、醜悪なことが美麗に変換されるわけではないけれどもそういったニュアンスが開発側にもあり、そうしたニュアンスに縋る輩も多い。このニュアンスの錯覚によって逆説的に日常の事ごとへの軀ひとつでの歩み寄りが物足りないと感じるヒトの劣化もはじまっているようだ。
母親もウォシュレットでないと排泄できないヒトとなった。
こうした時代性の中、次の冬に向けての準備で薪を割っている若い夫婦に薪割り手伝いを来週の月曜日にと誘われたのが嬉しい。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>高画質のデジカメ・モニターや足元に連結して並べるギターエフェクターなどいずれもみえなかったものがくっきりみえたり聴こえなかった音場音圧環境の経験のいわば知覚拡張するデバイス引率によるお遍路となるのが最近の青年らのごく当たり前な individual projectionの選択肢であるので、生まれる時代を間違えていたならば他の手法を選んでいるに違いない人々が等しくプログレスプロダクトデバイスをツールとした精神を養っていることに異論はないが、時々デバイス機能がそのまま自身の肉体であると勘違いをする輩もいる。<span id="more-468"></span></p>
<p>問題はそういった知覚拡張（よりよく感応する）の、今は死語となったか知らないがハイパーな表出もスクロール認識も実は既に知覚拡張の旬を過ぎて鈍化劣化に向かっているわけだから、プログレス進捗を待つ態度を維持するか、感応レヴェルの感度を持続的に保持する別のやり方が必要となる。</p>
<p>こうした知覚導入デバイスはしかし超現実へ向かっていると錯覚されるがそうではなくて、あるがままの世界をそのまま曇りなく観測する道具であって、醜悪なことが美麗に変換されるわけではないけれどもそういったニュアンスが開発側にもあり、そうしたニュアンスに縋る輩も多い。このニュアンスの錯覚によって逆説的に日常の事ごとへの軀ひとつでの歩み寄りが物足りないと感じるヒトの劣化もはじまっているようだ。</p>
<p>母親もウォシュレットでないと排泄できないヒトとなった。</p>
<p>こうした時代性の中、次の冬に向けての準備で薪を割っている若い夫婦に薪割り手伝いを来週の月曜日にと誘われたのが嬉しい。</p>
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		<title>エノンセ</title>
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		<pubDate>Sat, 07 Apr 2012 08:06:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[FBで気づく事だが、多くの美術家たちのエノンセ（言表 / フーコー）の交錯総体としてのディスクールには、文学者らの審美的耽美的なそれと違って奔放な跳躍とよい意味でのジレンマが遺されていて時にそれは子供の落書きのようでもあり、言語的な掘り下げはなされていないにしろ第六感ならぬ別の感覚を導入しなければ推測できない地平がそれぞれの背後に広がっている。
言語を状況説明だけにしか使わないという態度もそこにあり、言語の彼方はやはり文学的地平での展開者が示す力には及ばないが、かれらの想像する形や出来事には新しい言語を創出させる力がある。しかし軀に手足があるように言語があるとしてその言葉はいかようにも使う事ができるから、せいぜい時には観念に呑み込まれて、手先と目玉の直角だけに頼る狼藉を戒めたいと願うのは皆が同じだろう。
ただ言語ではない表出を持ってその唯一性を信じる態度の持ち込む言葉にはある種独特の弁明じみた性質があり、その加減がよく判る立場として耳に痛く目に痛く自らにも痛みが走る。とはいっても、使っているはずの言葉のほとんどは単なる日常の話し言葉だから、巷を席巻する流行の言葉で上下左右の差異を含めて判り合うという錯覚が横行し、気をつけないといつのまにか観念を放棄し、それこそ指先だけで土を弄るような仕草しかできない輩となってしまい、これではなんだかヒトとはいえない。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>FBで気づく事だが、多くの美術家たちのエノンセ（言表 / フーコー）の交錯総体としてのディスクールには、文学者らの審美的耽美的なそれと違って奔放な跳躍とよい意味でのジレンマが遺されていて時にそれは子供の落書きのようでもあり、言語的な掘り下げはなされていないにしろ第六感ならぬ別の感覚を導入しなければ推測できない地平がそれぞれの背後に広がっている。</p>
<p>言語を状況説明だけにしか使わないという態度もそこにあり、言語の彼方はやはり文学的地平での展開者が示す力には及ばないが、かれらの想像する形や出来事には新しい言語を創出させる力がある。しかし軀に手足があるように言語があるとしてその言葉はいかようにも使う事ができるから、せいぜい時には観念に呑み込まれて、手先と目玉の直角だけに頼る狼藉を戒めたいと願うのは皆が同じだろう。</p>
<p>ただ言語ではない表出を持ってその唯一性を信じる態度の持ち込む言葉にはある種独特の弁明じみた性質があり、その加減がよく判る立場として耳に痛く目に痛く自らにも痛みが走る。とはいっても、使っているはずの言葉のほとんどは単なる日常の話し言葉だから、巷を席巻する流行の言葉で上下左右の差異を含めて判り合うという錯覚が横行し、気をつけないといつのまにか観念を放棄し、それこそ指先だけで土を弄るような仕草しかできない輩となってしまい、これではなんだかヒトとはいえない。</p>
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		<title>ピノッキオの床</title>
		<link>http://park.or.tv/walkingtree/?p=456</link>
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		<pubDate>Tue, 03 Apr 2012 06:24:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[山間での抽象水平面から喚起された思想継続として、春の風がうなって樹々が大きく左右に揺れるのを眺めつつ湯槽の中業務開発も含めたトータルなビジョンが明晰になる。
セザールの圧縮廃材の隙間に白く余白を埋めるという断片。
床は地として。
単独（自立）の夫々が検証というみつめの地平で併置化される。
女の髪の毛の色。足跡。残留物。さっきまでのあのひとの気配。動物の。排泄のかたち。
統合整合を拒否する併置とは、つまり恣意ではあるが、ピノッキオという修復中という保留態度を明快にする。
2007年制作のソル・ルイット1969ドローイングオマージュからの5年間の文脈をピノッキオの床にて結ぶことになるだろう。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>山間での抽象水平面から喚起された思想継続として、春の風がうなって樹々が大きく左右に揺れるのを眺めつつ湯槽の中業務開発も含めたトータルなビジョンが明晰になる。<span id="more-456"></span></p>
<p>セザールの圧縮廃材の隙間に白く余白を埋めるという断片。<br />
床は地として。<br />
単独（自立）の夫々が検証というみつめの地平で併置化される。<br />
女の髪の毛の色。足跡。残留物。さっきまでのあのひとの気配。動物の。排泄のかたち。<br />
統合整合を拒否する併置とは、つまり恣意ではあるが、ピノッキオという修復中という保留態度を明快にする。</p>
<p>2007年制作のソル・ルイット1969ドローイングオマージュからの5年間の文脈をピノッキオの床にて結ぶことになるだろう。<br />
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		<title>水平面</title>
		<link>http://park.or.tv/walkingtree/?p=449</link>
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		<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 10:05:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[そうか起伏に富んだ環境を経験することで例えば池や湖といった水平面は唯一の山中での抽象を喚起するのだとはっとする。
夢の中でも何度かビジョンが重なったこともある。都市下では水平と垂直に刻まれウネル空間自体がどこか使い古された恣意と象徴されるので、その抽象の意味が異なる。狩人や獣の上下も判らぬ逃走あるいは本能の走りの目の前に顕われる水平面のなんと清潔なことよ。
物語がミステリーや異常な出来事で語られる創造の時、言葉は局面に照応した現実感の寓話として再現されなければつまらない。言葉の磨かれ方はだから日常のありふれた交換の実直では物足りないと覚えた場合、やはりその時人はどうする、どう発音するのかという、ラップのような韻も含めた言葉の構築を先鋭化させるものに惹かれるのは道理よなと頷きつつ、朝方かなり以前に観た記憶のあるBlood workを観ていた。
乗算の語りの如何わしさはほぼ雛形を踏襲するしかない。良い悪いは故に踏襲の中に在るわけだからつまらない。
ヒトが意識を点に繋ぐ時、その点は如何なる仕様であるべきかという答えのひとつとして、ピノッキオの次に水平面が実に自然に見いだされることのこの嬉しさ。とここで海老塚さんの作品が浮かぶ不思議というより理解が湾曲に降るかのよう。彼の横浜の前にはウネル水平面が彼方へ広がっているからな。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>そうか起伏に富んだ環境を経験することで例えば池や湖といった水平面は唯一の山中での抽象を喚起するのだとはっとする。<span id="more-449"></span></p>
<p>夢の中でも何度かビジョンが重なったこともある。都市下では水平と垂直に刻まれウネル空間自体がどこか使い古された恣意と象徴されるので、その抽象の意味が異なる。狩人や獣の上下も判らぬ逃走あるいは本能の走りの目の前に顕われる水平面のなんと清潔なことよ。</p>
<p>物語がミステリーや異常な出来事で語られる創造の時、言葉は局面に照応した現実感の寓話として再現されなければつまらない。言葉の磨かれ方はだから日常のありふれた交換の実直では物足りないと覚えた場合、やはりその時人はどうする、どう発音するのかという、ラップのような韻も含めた言葉の構築を先鋭化させるものに惹かれるのは道理よなと頷きつつ、朝方かなり以前に観た記憶のあるBlood workを観ていた。</p>
<p>乗算の語りの如何わしさはほぼ雛形を踏襲するしかない。良い悪いは故に踏襲の中に在るわけだからつまらない。</p>
<p>ヒトが意識を点に繋ぐ時、その点は如何なる仕様であるべきかという答えのひとつとして、ピノッキオの次に水平面が実に自然に見いだされることのこの嬉しさ。とここで海老塚さんの作品が浮かぶ不思議というより理解が湾曲に降るかのよう。彼の横浜の前にはウネル水平面が彼方へ広がっているからな。</p>
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		<item>
		<title>積み木とピノッキオ</title>
		<link>http://park.or.tv/walkingtree/?p=447</link>
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		<pubDate>Sun, 04 Mar 2012 18:26:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[当初の設計では軽く薄くというライトワークをしれっと行う予定だったが段ボールでマケットをこしらえた実際の空間を眺めておやちと違う。腕を組んでゼロに戻す。
山奥の山村でとにかく積み木で飽きもせずひとりで遊んでいた。部屋の中では積み木だったが外では庭に穴をいくつも淡々と掘っていた。どちらも微妙に雹が降る感じでぱらぱらと記憶にある。フレーベルのような高価な積み木ではなかったが足りなくなるとマッチ箱やら父親のピー缶やら代用していたけれどもこれでは駄目だなとガキが生意気に思ったものだ。モノを置く事で世界が広がる知覚の基本をガキの頃に知らずうちにどこかにしみ込ませていた。今でも消えずにむしろ膨れた。
と頷きつつちょっと丁寧に積み木を今回の制作（ピノッキオ）の構造としてみようかと再度図面を引き直しライトワークのつもりで準備した素材を棚に仕舞う。色彩も昨今の不景気に照応するパステルカラーなどもいいかもしない。（＊好景気の時代モノトーンが流行るらしい）
はじめての端末イラレでこしらえた絵本があったなと十年前の箱から引っ張りだすとやっぱり積み木だったので思わず笑う。松の木から削りだされたピノッキオとも相性は悪くはなさそうだ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>当初の設計では軽く薄くというライトワークをしれっと行う予定だったが段ボールでマケットをこしらえた実際の空間を眺めておやちと違う。腕を組んでゼロに戻す。<span id="more-447"></span></p>
<p>山奥の山村でとにかく積み木で飽きもせずひとりで遊んでいた。部屋の中では積み木だったが外では庭に穴をいくつも淡々と掘っていた。どちらも微妙に雹が降る感じでぱらぱらと記憶にある。フレーベルのような高価な積み木ではなかったが足りなくなるとマッチ箱やら父親のピー缶やら代用していたけれどもこれでは駄目だなとガキが生意気に思ったものだ。モノを置く事で世界が広がる知覚の基本をガキの頃に知らずうちにどこかにしみ込ませていた。今でも消えずにむしろ膨れた。</p>
<p>と頷きつつちょっと丁寧に積み木を今回の制作（ピノッキオ）の構造としてみようかと再度図面を引き直しライトワークのつもりで準備した素材を棚に仕舞う。色彩も昨今の不景気に照応するパステルカラーなどもいいかもしない。（＊好景気の時代モノトーンが流行るらしい）</p>
<p>はじめての端末イラレでこしらえた絵本があったなと十年前の箱から引っ張りだすとやっぱり積み木だったので思わず笑う。松の木から削りだされたピノッキオとも相性は悪くはなさそうだ。</p>
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		<item>
		<title>middle view</title>
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		<pubDate>Sun, 26 Feb 2012 09:31:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[人間のイコンは絵画・写真を問わず性別・年齢を問わず被写体が如何様であれ湖面に移った自身を眺めるナルシスがそのイコンを眺める目を横切る。あるいは「のようなもの」という類的な鼓舞が魂に宿るともいえる。人間という重なりが大いに横たわる中でみつめることがはじまるといっていい。
建造物や自然の山々や固有の出来事や偶然の瞬間という人間にとって説明的で恣意的なビジョンは目的が時に隠され時に露骨となってもその描写は美的だと感じる場合があったとしても善し悪しが分かれる場合であっても結局用意されたファイル綴じのような認識への導入剤のような役割をする。対象がそれらの中間といったらいいのかわからないが、憮然としたありのままである時、つまり名指しのできない世界そのものでしかない場合のイコンー画像ー絵画というものの行方は、人間にどのように影響するのか。いわばこれが私の長い年月の意識の引き寄せられ方であったのかもしれない。
前世紀の終焉時に辿り着いた思念は遠い過去のルクソールを夢想するような「彼方」というひとつの観念だったが、その具現を子供のような工作でルクソールの輪郭を指で辿るようなことはできなかったので、彼方を示す光景とはと考えるでも無く探索していた。否、最初に彼方が観念に現れたのではなく累々と撮影して「しまった」光景の画像を探るうちに、言いようの無い捉えようの無い「彼方」が剥き出しとなったー中間の光景ーを見いだして「しまった」ということだったのだろう。散乱と併置に蝕まれたある種無惨な世界である一方で清明で突き抜けて明瞭であり無関係を誇るその世界そのものを然し人間の手で記憶化させるデバイスで任意に切り取るというあからさまに浅ましい無邪気を世界と等価に行為するのはむつかしいと悟るのは、学生の頃指導教諭からいきなり営みとして芸術は成立しないからやめたほうがよいと適切な言葉を頂いたことを理解することと似たレヴェルだったといえる。
どこにも行き着かない機能しないかもしれないあまりに「そのまま」でしかない世界の獲得になぜこれほど惹かれるのか。獲得といったらおかしい。手には入れることはできない。そのひび割れも崩壊も散乱も腐敗もすべて非人間的な運動であるのがどうしてこうも愛おしい。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>人間のイコンは絵画・写真を問わず性別・年齢を問わず被写体が如何様であれ湖面に移った自身を眺めるナルシスがそのイコンを眺める目を横切る。あるいは「のようなもの」という類的な鼓舞が魂に宿るともいえる。人間という重なりが大いに横たわる中でみつめることがはじまるといっていい。<span id="more-439"></span></p>
<p>建造物や自然の山々や固有の出来事や偶然の瞬間という人間にとって説明的で恣意的なビジョンは目的が時に隠され時に露骨となってもその描写は美的だと感じる場合があったとしても善し悪しが分かれる場合であっても結局用意されたファイル綴じのような認識への導入剤のような役割をする。対象がそれらの中間といったらいいのかわからないが、憮然としたありのままである時、つまり名指しのできない世界そのものでしかない場合のイコンー画像ー絵画というものの行方は、人間にどのように影響するのか。いわばこれが私の長い年月の意識の引き寄せられ方であったのかもしれない。</p>
<p>前世紀の終焉時に辿り着いた思念は遠い過去のルクソールを夢想するような「彼方」というひとつの観念だったが、その具現を子供のような工作でルクソールの輪郭を指で辿るようなことはできなかったので、彼方を示す光景とはと考えるでも無く探索していた。否、最初に彼方が観念に現れたのではなく累々と撮影して「しまった」光景の画像を探るうちに、言いようの無い捉えようの無い「彼方」が剥き出しとなったー中間の光景ーを見いだして「しまった」ということだったのだろう。散乱と併置に蝕まれたある種無惨な世界である一方で清明で突き抜けて明瞭であり無関係を誇るその世界そのものを然し人間の手で記憶化させるデバイスで任意に切り取るというあからさまに浅ましい無邪気を世界と等価に行為するのはむつかしいと悟るのは、学生の頃指導教諭からいきなり営みとして芸術は成立しないからやめたほうがよいと適切な言葉を頂いたことを理解することと似たレヴェルだったといえる。</p>
<p>どこにも行き着かない機能しないかもしれないあまりに「そのまま」でしかない世界の獲得になぜこれほど惹かれるのか。獲得といったらおかしい。手には入れることはできない。そのひび割れも崩壊も散乱も腐敗もすべて非人間的な運動であるのがどうしてこうも愛おしい。</p>
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		<item>
		<title>剥き出しの充溢の</title>
		<link>http://park.or.tv/walkingtree/?p=421</link>
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		<pubDate>Thu, 23 Feb 2012 15:08:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[この時期の背を丸め延々と一年を振り返る数字を扱う時間の沈殿のような愚鈍さに躯も痺れる風に慣れてしまうので瞼を押さえて外に出ると東京湾の空っ風だった前年と違って丁度雨が降ったこともあり徹夜明けの水商売の女性の化粧のように雪は溶け荒々しく姿を露呈した樹木がこの辺り特有の霧にまみれて黒々と顳顬あたりから後頭部へ突き抜ける。恍けた頭を洗浄するような効果がある。
天体望遠鏡を調べて天窓から天体やら銀河をデジタルで撮影してみるか。半年先をぼんやり考えてから単焦点を筐体から外し毛嫌いしていたズームレンズを望遠側に回しきり少々甘くなるが目一杯絞り込んでデスクでは時折双眼鏡で鳥獣を追っていたことも理由ではあったがジッツォに固めてシャッターを押し、遠距離の大気の圧縮を行うことをはじめた。レンズの仕組みが変わると画像にその違いが現れて物事の世界自体の捉えも変異するのがしきりに面白い。
グリップが格段に安定したアスファルトの路面がところどころようやく剥き出しとなり助手席にカメラを置いて湖まで走りまるで下着を脱いで湯気の出る秘部を晒すかのなんだかいささか照れくさいような光景に向けて手持ちで撮影をする。帰り道間近の山の形が南北ではなく南西から北東に斜めに並ぶ列山の一部であるから洛陽の角度の地理的な形状から来る気温の変化がこの濃霧を生むかと判ったような気持ちになり、夕陽に背を向けて手のひらに金魚を遊ばせる男の姿が意味もなく西日の中続石から五百羅漢へと歩いた遠野の里と共に浮かんだ。
標高千メートルでも真昼には南向きの窓へつまり自らの姿勢の向きへ真直ぐに日差しが平等に届く恩恵を呑気に享受するだけだが、朝ぼらけと日暮れこの惑星の裏側に太陽が回りつつある翳りの刻に、むしろ鬱蒼とした樹々の剥き出しがそのディティールを鮮明にさせるので時を選んで歩くようになる。自治体がこしらえた道脇の灯りに透かしの鋳物で示されてもいるこの地域のシンボルの天狗を仰ぎ見て、いつからであるのかは知らないが修験者や山伏らの巡る森だったに違いないし、天狗とは山神であると同時にアウトサイダー、異系異人、オスを象徴するけれどもあれはあれで実は両性具有であったとして柔軟に飛翔する躯を浮かべるとひどくエロティックなモノを眺める気分がふくらみ一度思わず森の道で吹き出した。冬眠から蠢きはじめる獣の血流のような微動の気配も加わってこの時期の齎しというものがあるのだと気づく。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この時期の背を丸め延々と一年を振り返る数字を扱う時間の沈殿のような愚鈍さに躯も痺れる風に慣れてしまうので瞼を押さえて外に出ると東京湾の空っ風だった前年と違って丁度雨が降ったこともあり徹夜明けの水商売の女性の化粧のように雪は溶け荒々しく姿を露呈した樹木がこの辺り特有の霧にまみれて黒々と顳顬あたりから後頭部へ突き抜ける。恍けた頭を洗浄するような効果がある。<span id="more-421"></span></p>
<p>天体望遠鏡を調べて天窓から天体やら銀河をデジタルで撮影してみるか。半年先をぼんやり考えてから単焦点を筐体から外し毛嫌いしていたズームレンズを望遠側に回しきり少々甘くなるが目一杯絞り込んでデスクでは時折双眼鏡で鳥獣を追っていたことも理由ではあったがジッツォに固めてシャッターを押し、遠距離の大気の圧縮を行うことをはじめた。レンズの仕組みが変わると画像にその違いが現れて物事の世界自体の捉えも変異するのがしきりに面白い。</p>
<p>グリップが格段に安定したアスファルトの路面がところどころようやく剥き出しとなり助手席にカメラを置いて湖まで走りまるで下着を脱いで湯気の出る秘部を晒すかのなんだかいささか照れくさいような光景に向けて手持ちで撮影をする。帰り道間近の山の形が南北ではなく南西から北東に斜めに並ぶ列山の一部であるから洛陽の角度の地理的な形状から来る気温の変化がこの濃霧を生むかと判ったような気持ちになり、夕陽に背を向けて手のひらに金魚を遊ばせる男の姿が意味もなく西日の中続石から五百羅漢へと歩いた遠野の里と共に浮かんだ。</p>
<p>標高千メートルでも真昼には南向きの窓へつまり自らの姿勢の向きへ真直ぐに日差しが平等に届く恩恵を呑気に享受するだけだが、朝ぼらけと日暮れこの惑星の裏側に太陽が回りつつある翳りの刻に、むしろ鬱蒼とした樹々の剥き出しがそのディティールを鮮明にさせるので時を選んで歩くようになる。自治体がこしらえた道脇の灯りに透かしの鋳物で示されてもいるこの地域のシンボルの天狗を仰ぎ見て、いつからであるのかは知らないが修験者や山伏らの巡る森だったに違いないし、天狗とは山神であると同時にアウトサイダー、異系異人、オスを象徴するけれどもあれはあれで実は両性具有であったとして柔軟に飛翔する躯を浮かべるとひどくエロティックなモノを眺める気分がふくらみ一度思わず森の道で吹き出した。冬眠から蠢きはじめる獣の血流のような微動の気配も加わってこの時期の齎しというものがあるのだと気づく。</p>
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		<title>反動は反射か</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Feb 2012 10:27:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://park.or.tv/walkingtree/?p=416</guid>
		<description><![CDATA[友人のルサンチマンを憶ったときこれも所謂扁桃体の暴走かしらと機能異常を考える姿勢がつまらないんだよ。手前で恥じろよと車を走らせた。
厭世を被せたシニックな表情の過去のあれこれの自分がしがない顔と固有名に属性を垂らして、あの時はマルクスアウレリウスをあの時はルートヴィヒヨーゼフヨーハンウィトゲンシュタインを隣に座らせたつもりになって認識の軸をそういった歪んだ傾向にまんまと座って股の中におったてて大抵はそんな威勢でよかったがそういう傾向の姿勢自体に違和がなかったわけではなかった。
青年期の言説の時代、風靡したのは世界をすべて言葉で描写し得るという錯覚の媚薬であり、実は単なる観念の輸入と実験的で未熟な検証の手法だったにすぎなかったのだが、機能するモノが生まれる前夜の些か焦ったような祭りの体裁に誰も文句を言わなかった。
顕われをそれはよいですねと受け止める文化の無い国に育ったのだから呪いが育まれる所以はある。批判と非難の違いの判らない村の中で、どうこういってもはじまらないと娯楽に徹した漱石の反復感を誰もが背負ってこれも同様に構造としての反動をそこに埋め込む仕草は忘れない。お前らなもうちっと大人になれないのか。大人ってなに？て誰かの声がするが。
微細な差異に敏感な先進国と違ってロシアや統合東ヨーロッパ、アフリカ、東南アジアは選択肢のあまりに微細すぎる差異に落胆しているというくだりを録画で眺め、明快な仕切りと効果は肛門様となることを知っているから寛容も生まれる。だが今は地平は広がって左にも右にも真直ぐにも行けるよと思うのだが、大いなるディファレンスという前提がこういうややこしさでも介入すれば持続保持されることに若干はほっとする。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>友人のルサンチマンを憶ったときこれも所謂扁桃体の暴走かしらと機能異常を考える姿勢がつまらないんだよ。手前で恥じろよと車を走らせた。<span id="more-416"></span></p>
<p>厭世を被せたシニックな表情の過去のあれこれの自分がしがない顔と固有名に属性を垂らして、あの時はマルクスアウレリウスをあの時はルートヴィヒヨーゼフヨーハンウィトゲンシュタインを隣に座らせたつもりになって認識の軸をそういった歪んだ傾向にまんまと座って股の中におったてて大抵はそんな威勢でよかったがそういう傾向の姿勢自体に違和がなかったわけではなかった。<br />
青年期の言説の時代、風靡したのは世界をすべて言葉で描写し得るという錯覚の媚薬であり、実は単なる観念の輸入と実験的で未熟な検証の手法だったにすぎなかったのだが、機能するモノが生まれる前夜の些か焦ったような祭りの体裁に誰も文句を言わなかった。</p>
<p>顕われをそれはよいですねと受け止める文化の無い国に育ったのだから呪いが育まれる所以はある。批判と非難の違いの判らない村の中で、どうこういってもはじまらないと娯楽に徹した漱石の反復感を誰もが背負ってこれも同様に構造としての反動をそこに埋め込む仕草は忘れない。お前らなもうちっと大人になれないのか。大人ってなに？て誰かの声がするが。</p>
<p>微細な差異に敏感な先進国と違ってロシアや統合東ヨーロッパ、アフリカ、東南アジアは選択肢のあまりに微細すぎる差異に落胆しているというくだりを録画で眺め、明快な仕切りと効果は肛門様となることを知っているから寛容も生まれる。だが今は地平は広がって左にも右にも真直ぐにも行けるよと思うのだが、大いなるディファレンスという前提がこういうややこしさでも介入すれば持続保持されることに若干はほっとする。</p>
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		<title>冬のせせらぎ</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Jan 2012 23:45:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>machida</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[坂を下る途中の道路脇にある気温計が-2℃を示しており標高が数百メートルさがった陽射しは暖かく感じるのだったけれども、標高300メートル前後の市街地では昼過ぎから雲が覆い青空は消えて徐々に寒くなり風も出てきたので、標高千メートルは凍っていくだろう。

伯母の診察の日は父親のあとをついでわたしが連れていくことになった。月に一度だがこの季節の夕刻の予約時間は、肺が冒されている伯母にとっては致命的な風邪に気をつけなければならない。4WDの助手席は座席が高く躯の不自由な伯母には乗り降りが大変だからその度に父親の車に乗り換えて送迎していたが、前回乗り換える時間がなかったので仕方なく高い座席に促すと、よっこいしょと伯母はそれほど文句も言わずに乗り込んで同じように降りることができたので4WDにて送迎する。病院の入口で車椅子を借りて受付にて予約カードを提出し携帯用酸素ボンベが空なのでその旨を伝え別室の緊急措置室にあるリクライニングで酸素補給しながら診察を待つ流れを看護士の方にお願いしてから、停車していた車を駐車場に入れ再び戻って伯母の様子を見てから待合室でうとうとする。外来の患者の名前を呼ぶ女性の看護士の声に都度起こされたが幾度めかの声に艶かしいものを感じ凝っとその女性の仕草をみつめていた。いかがわしいストーカーのような表情をあからさまに曝していたのかもしれない。一度その女性と視線が交錯し、向こうが切り捨てるようにその結び目を解いた。じつによく動き回る働く女性だったが白い白衣は時にピンポイントでこちらのどこかに突き刺さる。おそらく既婚の成熟がひとつ落ち着いた歩みや仕草、軀の線に現れていた。夕方5時の予約時間だったが終了したのは7時すぎだった。肺の細胞崩壊を止めるステロイドの薬とこの薬で予想される胃の炎症を抑えるカプセルを担当医師から試してみましょうと処方して貰い病院に隣接する薬局で薬を購入し伯母を家まで送る。こんな歳まで生きちゃってみなさんに迷惑ばっかりかけててと愚痴る伯母を宥めつつ伯母の家の居間にあったカレンダーに次の予約診察日の丸を記す。ちょっと心配なのでと月に一度の診察を薬の効き目を確かめる意味もあり二週間後にはきてくださいと医師よりいわれた。
数年前に父親の誕生日にそれまで使っていたものの調子が悪いと零したので贈ったBRAUNの髭剃りは最期まで病室に置いてあった。使う人間が消えた実家の洗面台から持って行けと受け取り、普段は泡立てた顎にカミソリを当てる習慣しかないが使ってみると鏡など眺めずに過ごして伸ばし放題だった白いものの混じった髭があっさり消えたように剃れるのだった。こんなまだ新しいのよ。母親が畳んで重ねた父親のセーターやシャツの類いを、ひとつひとつこれはまだ着なさいと大きな袋に詰めて受け取り、その上にBRAUNの箱を重ねて車に積み、炊いちゃったから持っていって夕食の足しにしなさいとサランラップでまとめた白米とサバの味噌煮を袋に入れ山へと走り戻る。標高が千メートルを越えると闇に照らし出されるのは凍りついた白銀の別世界でギアをセカンドに落して坂道を下る。ガレージの外に積もった雪は粉雪で箒で履けばどこかに飛んでいく。
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			<content:encoded><![CDATA[<p>坂を下る途中の道路脇にある気温計が-2℃を示しており標高が数百メートルさがった陽射しは暖かく感じるのだったけれども、標高300メートル前後の市街地では昼過ぎから雲が覆い青空は消えて徐々に寒くなり風も出てきたので、標高千メートルは凍っていくだろう。<br />
<span id="more-408"></span><br />
伯母の診察の日は父親のあとをついでわたしが連れていくことになった。月に一度だがこの季節の夕刻の予約時間は、肺が冒されている伯母にとっては致命的な風邪に気をつけなければならない。4WDの助手席は座席が高く躯の不自由な伯母には乗り降りが大変だからその度に父親の車に乗り換えて送迎していたが、前回乗り換える時間がなかったので仕方なく高い座席に促すと、よっこいしょと伯母はそれほど文句も言わずに乗り込んで同じように降りることができたので4WDにて送迎する。病院の入口で車椅子を借りて受付にて予約カードを提出し携帯用酸素ボンベが空なのでその旨を伝え別室の緊急措置室にあるリクライニングで酸素補給しながら診察を待つ流れを看護士の方にお願いしてから、停車していた車を駐車場に入れ再び戻って伯母の様子を見てから待合室でうとうとする。外来の患者の名前を呼ぶ女性の看護士の声に都度起こされたが幾度めかの声に艶かしいものを感じ凝っとその女性の仕草をみつめていた。いかがわしいストーカーのような表情をあからさまに曝していたのかもしれない。一度その女性と視線が交錯し、向こうが切り捨てるようにその結び目を解いた。じつによく動き回る働く女性だったが白い白衣は時にピンポイントでこちらのどこかに突き刺さる。おそらく既婚の成熟がひとつ落ち着いた歩みや仕草、軀の線に現れていた。夕方5時の予約時間だったが終了したのは7時すぎだった。肺の細胞崩壊を止めるステロイドの薬とこの薬で予想される胃の炎症を抑えるカプセルを担当医師から試してみましょうと処方して貰い病院に隣接する薬局で薬を購入し伯母を家まで送る。こんな歳まで生きちゃってみなさんに迷惑ばっかりかけててと愚痴る伯母を宥めつつ伯母の家の居間にあったカレンダーに次の予約診察日の丸を記す。ちょっと心配なのでと月に一度の診察を薬の効き目を確かめる意味もあり二週間後にはきてくださいと医師よりいわれた。</p>
<p>数年前に父親の誕生日にそれまで使っていたものの調子が悪いと零したので贈ったBRAUNの髭剃りは最期まで病室に置いてあった。使う人間が消えた実家の洗面台から持って行けと受け取り、普段は泡立てた顎にカミソリを当てる習慣しかないが使ってみると鏡など眺めずに過ごして伸ばし放題だった白いものの混じった髭があっさり消えたように剃れるのだった。こんなまだ新しいのよ。母親が畳んで重ねた父親のセーターやシャツの類いを、ひとつひとつこれはまだ着なさいと大きな袋に詰めて受け取り、その上にBRAUNの箱を重ねて車に積み、炊いちゃったから持っていって夕食の足しにしなさいとサランラップでまとめた白米とサバの味噌煮を袋に入れ山へと走り戻る。標高が千メートルを越えると闇に照らし出されるのは凍りついた白銀の別世界でギアをセカンドに落して坂道を下る。ガレージの外に積もった雪は粉雪で箒で履けばどこかに飛んでいく。</p>
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