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November 30, 2004

memo_Rectal cancer

直腸ガンに関するメモとして。
がん・ガン・癌スーパーリンク
遺伝子が損傷し、ポリープが癌化。進行するとリンパ系、肝臓等に転移の可能性がある。
かって直腸がんの手術は「ガンを治すこと」を重視するあまり「できる限り大きく切除する」考えが主流でいた。そのため人工肛門へ移行が多数。また、直腸の周りには排尿、性機能に重要な神経があるが、かってはこれらの神経もすべて切除されていた。そのため手術後、排尿困難や性機能不全が多くあった。 現在は手術技術の進歩、精密な骨盤内解剖の理解、ガンの転移ルートの解明により「できる限り必要最小限の切除」が主流。 できる限り、肛門と神経を残す手術を「機能温存手術」という。
発見時の進行(癌の深さ)度により、治療は大きく変わる。現在は転移の状態を見極めることが肝心。

発症メカニズム/イスラエルのワイツマン研究所などの研究グループは、大腸ガンが発症するメカニズムの一端を解明した。大腸の細胞にある遺伝子『APC』が突然変異して、細胞の増殖能力が異常に高まり、大腸ガンが発祥するという。大腸ガンの新たな治療法開発に役立ちそう。 研究グループは大腸ガン患者の約9割にAPC遺伝子の変異が生じていることに注目。この遺伝子が『ベーター・カテニン』と呼ぶタンパク質の合成を抑えていることを突き止めた。 ベーター・カテニンには細胞分裂を促す遺伝子の能力を高める働きがある。APC遺伝子に変異が生じると、ベーター・カテニンが増えて細胞分裂を促進させる遺伝子が刺激され、細胞の増殖が止まらなくなる。この結果、ガンが発症するという。 ベーター・カテニンの働きを抑える薬を開発すれば、大腸ガンを治療できる可能性がある。『カドヘリン』というタンパク質にはベーター・カテニンの働きを抑制する効果があり、研究グループは大腸ガン治療薬の有力候補の1つとみている。 このほか、大腸ガンの治療法としては、大腸ガン細胞に正常なAPC遺伝子を組み込んでベーター・カテニンが過剰に出来るのを抑える遺伝子治療などが考えられる」
高い再発率 /早期大腸ガンや大腸ポリープは、一度切除しても数年後に再発する確率が高いことを、北里大学東病院消化器内科(神奈川県相模原市)の五十嵐正広講師らが確かめた。 治療後の定期的な健診の必要性を示す結果で、日本消化器内視鏡学会・日本大腸肛門学会の合同シンポジュウムで発表する。 五十嵐講師らは、86年から10年間に同病院で大腸ポリープなどを治療した。患者計1465人を追跡調査。術後5年以内に55%にポリープが、4%にガンが新たに発生していた。
<1>最初の治療で多数のポリープや早期ガンを切除した患者
<2>65歳以上の高齢者ほど再発率が高いことも分かった。
大腸のポリープや腸の表面の粘膜に出来る早期ガンは、内視鏡で切除する方法が一般的。簡単で入院せずに済むメリットが大きい反面、肛門から内視鏡を挿入する検査自体への抵抗感から、治療後は定期検査をする患者が少ないのが問題という。
>>2003年9/10、厚生労働省は内視鏡検査などの前に使う腸管洗浄剤『ニフレック』を飲んだ患者の腸に穴が開くなどの副作用が出て1992年から6人が死亡したと発表した。ニフレックは塩化ナトリウムなどを配合した 海水 のような医薬品で、2時間以内に約2000cc飲み、排便することで腸内を洗浄する。腸に穴が開いたり、腸閉塞になるケースも出ている。
>>抗ガン剤 /
保険適用になっている抗ガン剤
「5FU」と「ロイコボリン」の併用
「UFT」と「ロイコボリン」の併用
「イリノテカン」
保険適用になっていない(2004年現在)抗ガン剤
「オキサリプラチン」
「カペシタビン」
セツキシマブ」
「ベバシツマブ」
「アバスチン」・・・・米国で2004年2月、ガン細胞への栄養供給を絶つ血管新生阻害薬として承認された。
民間療法 >>
○ニンニク
○トマト
「トマトジュースに含まれる色素がネズミの大腸ガンの発生を抑えることを、秋田大医療技術短大部や京都府立医大などのグループが確かめ、日本がん予防研究会で報告した。
ネズミの腸に発ガン剤を入れた後、4種類の植物色素を別々に毎日胃に送り込み、6週間後に腸の状態を調べた。トマトの赤い色素である[リコピン]と緑の葉に多くてトマトにも微量含まれる[ルティン]を与えた2つの群で、前ガン病変の発生が何も与えなかった群と比べて減少した。
また、大腸ガン発生率に関し以下の比較を行った。
(35週間後の比較データー)
<1>多量のリコピンと微量のルティンを含むトマトジュースを与えたグルプ・・・・21%
<2>リコピンだけを水に混ぜたグループ・・・33%
<3>ルティンだけを水に混ぜたグループ・・・38%
<4>水だけを与えたグループ・・・・・・54%

投稿者 machida : 11:19 PM | コメント (0) | トラックバック

November 29, 2004

Restoration of a commonsense relation

休日を放心して過ごそうと、翻訳家の言葉をそのまま信じて、普段あまり親しみのないライトノベル「空の中/有川浩」を読む。床屋で漫画を捲るような気分。読み終えて長女に渡す。飛躍と抽象を絞って、その他の関係を常識的にすり寄せる手法だが、子供向けのSFといったところか。登場する人間の設定が、いかにも作者に支配され、操作されていて、受け取る側としては、そうした捏造のセンスに嫌気が差すと読む事ができなくなる。休日でなかったら、早々に放っていた。構築のニュアンスがinnocence / Mamoru Oshiiと酷似している。悪しき閉鎖言語空間の自閉症候群に含まれる。
何も残らない読書の後に、TVで座頭市/Takeshi Kitanoを眺め、ひどい音響(BGM)に家族で文句を投げる。長いCMを観ているような感覚。続けて、考えずにレンタルしたSwimfan(プール)を観るが、これもどうしようもないテレビ番組崩れ。深夜から僅かな期待を込めたMemento(2000)(ラテン語で「記憶する」「考える」の命令形)に救われる。21gramsに少し似ている構造編集が天才的。断片化のまま走りきるのは気持ちがよかった。Christopher Nolan監督のデビュー作Following (1998)を発作的に注文。Insomnia(2002)は、昨年劇場で観たけれど、首を傾げた記憶がある。AL Pacinoと、Robin Williamsというキャスティングの斥力で、物語のコンセプトが希薄になったような気がしていた。処女作に期待。
二日前、しょうもないサイバームービー(Surveillance)の物語の単純さには呆れ、傷エラーで停止するMI2 / Jhon Wooの勘違いに辟易したが、データーの表示処理速度に関しての閃きは生まれたのが成果。

Boys Don't Cry(1999) / Kimberly Peirce (1967~)を深夜から朝方にかけて観る。秀作。中盤から後半がとても良い。9:16の画面比率が良い。現在制作中だろうか、Kimberly Peirce次回作は、The Ice at the Bottom of the World(2006)。主演のHilary Swank(1974~)が素晴らしい。最初は、Insomnia,The Coreに出演していた同一人物と判らなかった。俳優の知性を存分に感じさせてくれた。
Plot Outline : The story of the life of Teena Brandon(1972~1993), a cross dressing youth who preferred life in her male identity as Brandon Teena. When Brandon's best friends make this discovery, his life eventually is ripped apart by betrayal, humiliation, rape, and murder.
性同一性障害を真っすぐに描いている。真っすぐにというのはこの手のモチーフの場合難しいのだが、特殊化させないで、どこにでも転がる出来事として扱う姿勢が潔い。
目の前にAMISTAD(1997)_DVDがあるが、観る力がなくなったので、ちょっとヘビーな仕事の後にする。

投稿者 machida : 04:40 PM | コメント (0) | トラックバック

November 24, 2004

EXHIBITION

Yoshio Sakagishi君より個展のDMが届いていたのを、家内が仕舞い込んでいたらしい。今日発見して知る。27日(土)まで、松濤のギャラリーアンドーにて開催中。19:00までなので、金曜日に行けるか。Yusuke Kaneko君よりアートプロジェクトの案内をメールで頂く。これは、26日(金)より、当日オープニングレセプションがあるみたい。
Masuo Kogure君より、忘年会の召集令状が届く。12/11(土)於:随園別館。昨年体調を崩しパスしたので、出席するレスを送信。
昨日の学園祭の帰りに、haruboにせがまれて、シュレック2DVDをレンタルする。夕方から、試験の終わったrinaも一緒にこれを観る。3DCGの環境(背景、状況)描写が凄い事になっていた。こうした技術でシミュレーションwarというやつを真面目に考えれば、人は死なずに済むけどなと思う。

innocence / Mamoru Oshii : 物語の設定、キャラクター設定など、リアリティーが全くない。子供向けアニメでしかない。ハンス・ベルメールには笑った。キャメラ設定などまるでセンスがない。こうした貧弱なものに取り組む(制作する)大人の精神を疑う。台詞がすべて説明というのも哀しい。宮崎駿と同じ。もっと普通にできないものか。実際の人間のコトを知らんのかねえ。などとアキレる。
Do The Right Thing(1989) / Spike Lee : 脚本や撮影の構築の手法を楽しむことができた。「正しい事をしろ」というタイトルだが、都度様々な立場の正当性を考えさせられる。更にそれが観客に向かったバイアスとして傾かないのがミソ。むつかしいところだが、これで作品の質が決定する。人間の権利とユーモアとそれらを覆う全く別の何かを、ディティールではなく、どこか構造の気配として感じさせる。赤い壁の前に終日座り込む三人のやり取りは最高。

投稿者 machida : 10:02 PM | コメント (0) | トラックバック

November 21, 2004

Comment Spam

Ikedaが、日々鬱陶しいComment Spam対策で、Parkのモジュールを書き換えてくれた。サンクス。これで、煩わしさが幾分なくなる。
昨夜午前零時を過ぎて、Takahashiから神楽坂の飲み屋へ呼び出されたが、同じく夜中に入り込んだ仕事で足止め。Takahashiは元気そうでなにより。こちらの近所に引っ越したので、いずれ。
Haruboとの約束で、昼過ぎにYodobashi Cameraへ。GBAのKingdom Hearts/Chain of Memories(11/11発売)を購入。Haruboは、帰りの地下鉄から早速ハマリ込む。新宿地下街にディスプレイされているPSPにふたりで近付いて眺める。12/11発売。haruboはサンタに頼むと決めたらしい。
往路、帰路、女性の髪を丸く纏めた和服姿を何度も見かける。
F828は、何も考えずに絞り開放の絞り優先AFでシャッターを押していたけれども、今日は快晴であったので、F5.6に絞り、露出補正をマイナスに数段階抑えて、路傍にレンズを向けると、思いがけないほど色彩が鮮明になった。このところの迷いを整理する根拠を考えて、若いく瑞々しいカラダがあれば機動性など機材に求めないが、年齢に応じた相応の機動性が必要だと弁える。これは持続に真っすぐ繋がるので大切なこと。
帰宅すると、Joe Carnahan/Blood Guts Bullets and Octaneが届いていた。
rinaは試験勉強で部屋に籠りっぱなし。近代の歴史コンテクスト理解のサポートにと20世紀全記録を参考書かわりに薦めたが、事実の詳細の記録を知るだけで、随分歴史の面白さを理解しはじめたようだ。最近の中学の数学は難しい。でも何かクイズめいていると感じるのはワタシだけか? 思考の単なる反射能力と、解析、分析能力、構想能力は違う筈だが。

投稿者 machida : 07:08 PM | コメント (0) | トラックバック

November 18, 2004

Dogs Sound track

ポケットに突っ込んだF828は結局取り出さなかった。新宿から戻る帰り道に酒を買って帰宅。ようやく落ち着いてサイト更新などしつつ、燗をした咽せる日本酒をマグカップにいれて飲み干して、Ikedaの制作したVE_DOGSのサウンドトラックを久しぶりに聴きながら思考の整理をはじめた。DOGSイヴェント時に、音場形成の為にもっと出力をと叫んだことなど憶い出す。DOGSは偏りを嫌って様々なタイプの人間表象を前提に構想制作したので、音響により浮かぶ画像はあるが、やはり、次のVE_BAR(仮)は、もっと切り詰めた人間性を扱うことになる。音響も切り詰めた人間性を巡る空間であっていいだろう。シンクロなどしない音響と、DV(映像)と静止画像の三つでもいいかもしれぬ。あらゆる局面において、余計を拭い去って単純に見えるようにすること。

投稿者 machida : 01:39 PM | コメント (0) | トラックバック

products

HASSELBLAD,GITZO, MANFROTTO, Ball Head,特に、 Burzynski Pro-Tec Ball Head, Acratech Ultimate Ball Head ,ARCA-SISS Monoball Head,などなど。
新橋、銀座あたり歩いてみるか。

投稿者 machida : 07:40 AM | コメント (0) | トラックバック

November 16, 2004

Amores perros

Alejandro González Iñárrituは、やはり只者ではない。Amores perrosはすばらしい。制作の激しい呼吸が聴こえた。撮影もなんとまあ凄い。物語は豊穣で、中上健二を想起する。DVD買い。
比べて、Troy,Ladykillersなどは、まるでTV番組。
ハッセルブラッド500C/Mを研究。中古市場では18万前後といったところか。1970~1989までのロングセラーと、製造中止後500classicの再生産と、まるでYAMAHA SRのような人気。Tsurutaなど、これがいいのではないか。となにか、このところ一眼レフに傾倒中。撮影構想の具体的なディティールを詰めていった挙句。環境をもう少し煮詰めないといけない。
70時間ほど一人きりで考える時間と場所も必要。温泉は堕落するのでだめ。さて。

在庫切れの理由がわからないが、ようやくamazonからNARCが発送されたと返事がくる。10日かかった。新記録。次は、同じ監督(Joe Carnahan)が自ら出演している/Blood, Guts, Bullets and Octane(1998)といきたいが、レンタル屋にあるかしら?これは制作費100万というから凄まじい。DVDこれも買いかも。
Amores perrosの制作のあれこれをDVDの特典付録で知って得心。脚本は、3年間で32回の書き換え。Alejandro González Iñárrituの孤独な編集は7ヶ月間。自身で迂闊に70時間あればと嘯いたことが恥ずかしい。徹底できるのは、徹底する環境があってはじめてだが、そういった環境をつくりあげるのも才能のひとつだ。メイキングで、物語のためには、主人公はいらない。俳優皆に脇役になっていただいたと監督はやはり述べていた。

投稿者 machida : 07:51 PM | コメント (0) | トラックバック

November 15, 2004

from cinema

Chemical51Charlotte Gray,ManHunter(1986),Three Kings,Cats and Dogs,The Duelists(1977)...、週末からずっと、Amores perros(2000)が借りられていたので、出鱈目に借りる。
結局35mmだと、自らを省みると汗だくでシャッターを切るほうではないし、動態を懸命に追うわけでもない。長い間、AFの機能を使わずに、まず絞り優先。ピントをマニュアルで合わせて露出を考えることが、つまり撮影という眺めとカラダに馴染んでいる。スバラシいオートフォーカスを性能に任せて使うのは手頃なデジタルで結構。というわけでCanon系はサヨナラ。フジヤで中古などと比べながら、Nikon FM3Aをみると、機能が実に明快にタイトに整理されたプロダクトであり、やはりよい。う〜んと唸りながら地下鉄でカタログを捲る。フィルムは管理・プリント展開が大変だが、どんなに高価なデジカメでも壊れ易い家電のような感覚が消えないので、そういった感覚に従うしかない。中型フィルムカメラはいずれにしろ必要だが、35mm一眼レフのよいものも必要。と独り言。

The Duelists(1977)/「決闘者」は、流石リアリストRidley Scott。1937年生まれ。40歳の時の多分映画デビュー作品。これまでなぜか観ていなかった。ブレードランナー、エイリアンへと繋げる力を確認する。 制作が1977とは思えない。様々なものの原型となっている。
starshiptroopers2は、7年の進化を期待したのが間違っていた。まあ驚くほど退化していて、開いた口が塞がらなかった。予算縮小は言い訳にならない。これが大人の仕事かとあきれる。

投稿者 machida : 05:33 PM | コメント (0) | トラックバック

November 14, 2004

Shoto Museum

yasuinakaji04.jpgHarada,Tanaamiを誘って、妙な地形の神泉の松濤美術館に行く。疲労が手伝ったか方位を失って道に迷う。とても廉価だが、しっかりとしたつくりのカタログを、これは迷わずに購入(2800円)。安井仲治(1903=1942)展は、思った以上によかった。特に初期の頃のものは、アンダーなプリントが、銅版画やタブローのようなテクスチャーを醸す。個人的には、1927ー28「雨もよひ」「路傍閑語」「或る船員の像」、小野君を想起する1935年頃の静物などに惹かれる。外の影響を受けたものや、実験的なものは、恣意が残って絵画的な操作が突出しているが、だがこれも真摯な実験と受け止め、この国の写真の父と頷いた。帰宅後カタログの肖像ばかりを眺め直す。美術館の帰り、新宿の横町で軽くビールを飲み、ギャンブラーtanaamiと別れ、haradaとmap cameraに立ち寄り、こちらはmamiya7と150mmの状態と価格など確認。Haradaにはマニュアル一眼レフとして、マニュアルのNikon FM3Aなど薦めると、別の欲望が頭を擡げ、85mmの明るいレンズをつけたフィルムAF一眼レフが欲しくなる。取りあえずCanon EOS3などをチェック。

Nikon,Canon,Pentax,KonikaMinolta,Contaxなどサイトを巡ってみて、結局現行のマニュアルの一眼レフでは、Nikon FM3Aしかないじゃないかとわかり、Haradaに薦めたけれども、Canon Eos3なんかより、俄然欲しくなる。レンズも、Ai Nikkor 85mm F1.4Sか、Ai Nikkor 105mm F1.8Sがよさそう。渋くてよい。中古を探せばいろいろあるけれどもまあ、気分の記録として残しておく。Nikonのサイトは、非常によくできている。Pentax LX、Contax S2など、中古をみれば同価格帯であるがね。

投稿者 machida : 11:34 AM | コメント (0) | トラックバック

November 10, 2004

安井仲治

BSのBBCなど眺めてから朝方の湯槽に港千尋「明日、広場で」を持ち込み、なんだか懐かしい大陸の大気を湯気の中で遊ばせる。裏表紙の新刊の広告の列にフォトミュゼ/安井仲治をみつけて、禅を思わせる作品を浮かべ書棚にあったかなと首を捻る。数時間前、Gentaから、2年前に資生堂ギャラリーで開催されたSam Taylor-Woodの名を聴き、鮮明な文脈を想起させる作品を憶い出しこれも何かひどく懐かしかった。そのまま眠れずにまだ薄暗い書棚を探すのをやめて端末を辿ると、「生誕百年 安井仲治」が検索に引っ掛かり些か驚く。渋谷区立松濤美術館で、11月21日まで、開催されていることを知る。250点の展示とある。行かなくてどうする。というわけで、入館が4時30分までなので、また土曜日かな。月曜日休館とのこと。偶然の引き合わせというのはオソロシイけれども、彼方からの光に似た呼び声と捉えることにして、これに従うことにしよう。

Gentaに勧められた、L'HOMME DU TRAIN / 列車に乗った男を観る。ジョニー・アリディの瞳が青すぎる。テーマがくっきりとしているせいか、ディティールがすべて相対的な構図に収斂して、後半からラストにかけてくどい印象は否めない。物語である以上、映像が都度自立しなければ、映画としての力を失う。俳優の力に依存しすぎるとこうなる。21gramsは、正に魂の映画。時間軸を切り裂いた編集よりも、映画そのものを懐に見事に飲み込んだナオミ・ワッツの役者魂と彼女の本来持って生まれた人間的な美しさにガツンとやられる(リングの時はがっかりしたが)。派手さは無いが、こちらが待ちこがれたスタイルの作品と思えた。テーマ故の構造ではあるが、今後ミステリーやサスペンス、アドベンチャー、SFなども、こうした視点(考えるとひどく当たり前なのだが)で物語を構築することで、広がりが生まれるだろう。新しい倫理的な視座のひとつとして受け止めるべきよい例。脚本が素晴らしい。ショーン・ベンも、ミスティック・リバーより数段よい。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(監督/製作/メキシコ)の才能も記憶しておく必要がある。Cave in は、コメント無し。次はAmores perros/2000/ Alejandro González Iñárrituと決めて、amazonを覗くと在庫切れ。観なきゃあいかんな。

投稿者 machida : 06:51 AM | コメント (0) | トラックバック

November 08, 2004

LE PACTE DES LOUPS

LE PACTE DES LOUPS:ジェヴォーダンの獣(2001/Christophe Gans)は、フランス史上最大の謎として語り継がれている事件の映画化。最近観た中では、映画らしい映画。黒沢明の「七人の侍」をパクったぞって感じの監督だが、昨日のどこかのバカ野郎と比べると、あらゆるシーンが映画人特有の知性に満ちている。些かオーバーなアクションや演出にも根拠があってそれほど厭味はない。流石フランス。ロケーションやキャメラなど、娯楽といっても基本のレヴェルが違う。観客の目が肥えているので、バカはできないのだろう。事件のあった1764年〜1767年というと、1752:平賀源内、オランダ人に蘭語と技術を学ぶ。1764年:5月22日、日光山の修復が成り、東照宮が正遷宮。1775:スウェーデン植物学者ツェンベリー、蘭館医として来日。といったところか。
SFXもこうした金の使い方をしてほしいものだ。
ジェヴォーダンの獣 (2001) LE PACTE DES LOUPS (原題) / BROTHERHOOD OF THE WOLF(英題) 』:トリコロール/赤の愛」のサミュエル・ル・ビアン,ロゼッタ (1999) ROSETTA のエミリエ・デュケンヌ、ジェレミー・レニエ, クリムゾン・リバー (2000) THE CRIMSON RIVERS / LES RIVIERES POURPRESのヴァンサン・カッセル、 マレーナ (2000) MALENAのモニカ・ベルッチ、テレビシリーズクロウのマーク・ダカスコス。
2のDVDがでたので、では最初からとstarshiptroopers(1997)を観ていた後だったから、印象が良かったのかもしれない。 starshiptroopers2は、勿論ここ7年の制作のテクノロジーの変化を知るために明日にでも観る予定。Sonyのweb siteは手抜きなので、作品自体には期待していないけれども。

300.jpgstarshiptroopers2はレンタル中であったので、Dawn Of The DeadBlood Workと選んで夕食の後鑑賞。選んで正解。Dawn Of The Deadには、こうしたモノにありがちな嘘くささを排除する手立てがよく考えられていて、脚本、キャメラ共に感心する。成り行きで生き残るキャスティングもよい。テーマの正当性を媚びながら押しつけるのではなくて、人間の反射のリアリティーを、シュミレーションとして構想しているので、観る側も余計なコトを思わなくて済む。カラフルなショッピングモールが実に心憎いロケーションとなっている。これが監督デビューらしいZack Snyder(1966~)の才能はちょっと凄い。次回作(どうやら300というギリシア戦記スペクタル(2006リリース?))が楽しみ。もう一度字幕無しで観よう。Blood Workは、途中ギミックが見えてしまうが、これも丁寧なキャメラがよかった。脚本にはちと無理があるか。イーストウッドではなく、もっと無名な俳優ではだめかしらね。凄み過ぎの役者だから、不安感がないのがマイナス。

投稿者 machida : 07:47 PM | コメント (0) | トラックバック

November 07, 2004

Nolde

nolde04.jpg庭園美術館で行われているエミール・ノルデ展が今日までであったと知って、午後下の娘を連れてでかける。駅構内などに貼られていた「黄色と緑による女の肖像」(1930年)のポスターに以前から惹かれていた。昨日の影響で、絵画の健やかさを取り戻したい気分もあった。斜めの裸体という奔放なストロークが無理なく残るエッチングと、1907年の赤い女という左の瞳のリアリティーが輝く水彩が残った。最終日であることと、よく晴れていたことも重なったからだろう、美術館は混雑しており、今日を選んだ失敗を噛み締める。ノルデのナチス抑圧以降の作品よりも、1900年初頭の中年期の成熟を迎えた頃のものが潔さと瑞々しさに溢れている。厚手の紙に広がった水彩はタブローのように堅牢で鮮やかだった。
帰宅途中キャシャーンを借りたが、眺めながら寝入ってしまう。劣悪で作品になっていない。俳優が可哀相。

投稿者 machida : 07:30 PM | コメント (0) | トラックバック

Tokyo Opera City Art Gallery

wg04oc.jpg学校帰りに、Harada、TanaamiとWolfgang Tillmansを観に初台オペラシティーに行く。展示の仕方を参考にしようとインスタレーション自体に興味があったがはずれ。作品も残ったものは、どこかメープルソープに似た静謐さを持つ、Alex(1997)というタイトルの肖像と、層(Layers2000)というインクジェットプリントの静物光景作品だけ。Freischwimmer(遊泳者)というシリーズ化されている大型作品は、2Fで併設していた、野又穣「カンバスに立つ建築」、リヒターがアメリカに帰化して撓んだような小西真奈展の、所謂絵画の独我性を、それ以上近付かないでくれと懇願したくなる体臭を伴った悪しきものと際立たせる意味で気持ち良い程度で、帰りの地下鉄で長い視線に耐えられるようには思えないと考えた。ビデオインスタレーションも、内容が無いのはいいとして、システムや音響などがお粗末。VEのほうが数段クオリティーが上。ギャラリー側、あるいはキュレーションに手抜を感じる。観客をなめるなよ。異種格闘技を真似たような併設展などやめてほしいものだ。ティルマンスのカタログを捲ったが購入せず。帰宅後、Philip-Lorca diCorciaを捲って、彼の展覧会を眺めたいと祈った。

90年代に、写真という手法が、時代の透明度の進行と平行して実にフランクに展開し、それらの享受自体も勿論ワタシを含め、豊かに行われていたわけだが、2004年あるいは、2005年以降の手法として見据えると、アンチセンスとアンチタイミングだけでシャッターを押す、気取りを削除しながら時間を凍結させる身振りは、むしろ携帯のマルチ機能を自在に操る子ども達と、世界の緊張状態に身を投じるジャーナリズムに軍配が上がりそうだ。写真に現れる、生活自体を捉える固有性もどちらかというと、撮影者の態度の矯正に内向する怖れがあり、これは前述した悪しき絵画性に符合する事もあり得て、気味が悪い。いずれにしろ写真が思想となる開かれた手法を緻密且つ大胆に構築する意気地がなければ、眺めの持続性が失われるだろう。現在はその岐路にあると不に思うのは、臆病な予感だろうか?

投稿者 machida : 12:02 AM | コメント (0) | トラックバック

November 05, 2004

NARC

朝方猛烈な睡魔が襲って倒れるように涎を喉まで垂らして6時間ほど熟睡し、溺死体のようにフヤケた脳みそとカラダでレンタル屋まで歩き、NARCを探すがない。腹が立って、発作的にアマゾンでDVD(NARC ナーク スペシャル・コレクターズ・エディション)を注文する。夜中に市ヶ谷の交差点にあるモスバーガーのベンチに座り、左手に銃を下げ白い肩が泥で汚れた半裸の女の後姿の肖像をかなり具体的に浮かばせるが、モデルが思い付かないので30分ほど座り込む。視線の高さは次女の目の程度だった。
Out of Time, 72時間、レッドチーム、などつまらないものばかり出鱈目に錯綜した仕事をしながら眺めていたが、どれもこれもさっぱり。
NARCが届いたら、ちょっとゆっくりじっくり眺めて、時間を取り戻して、仕事と時間を整理いたしますので、関係各位の皆様、よろしくお願いします。

明日土曜日には、Wolfgang Tillmans Exhibitionにオペラシティーに行く予定。
掃除機を買い替えなければならないというわけで、いろいろと調べ、やはり機能を重視してダイソンにしようかと思うが、値段が高い。なんとかならないかね。

投稿者 machida : 06:26 AM | コメント (0) | トラックバック

November 02, 2004

blankからmonalisa

The Elements of Styleという英米住宅の1485〜チューダー、ジャコビアンからポストモダンまで散漫に網羅したデザイン事典を捲り、住宅の壁、天井、床、階段等等の各時代の意匠を眺めていると、これらのスタイルは、いかに余白を埋めるかということが前提なのだと今さらに知る。余白に我慢ならなかったというより、こちらからみれば、余白にイメージを喚起できなかった生活者の無能の証とみてとれる。装飾の意味は、だから墓にこそ必要で、進行形の生きた空間には、時間を凍結させるこうした封印じみた装飾はマイナスであって、日々反射と代謝を繰り返す瑞々しい肉体の跳ねる空間は、余白にこそ意味がある。余白といっても、何も無いということではい。構築された余白でなければ、空間が人間的に機能しない。
時間とともに変化することを前提に物事を構築する手段に一瞬を投じることしか、我々にはできないのだから、せいぜい躍動感のある、嘘の無いリアリティーそのものである一瞬の選択を信じて、装飾ではない空間構築を続けたいものだ。
最近、一枚の絵、光景、イメージということに辿りついた。折しも、都美術館で開催されている「フィレンツェ芸術都市の誕生展」の20歳頃のミケランジェロ作と最近認定された、「磔刑のキリスト」(41cmのシナノキ材の木彫)の印象が、その決定を支えた。2002年の冬のリヒターへのオマージュを、フィルムで、再構成することになるだろう。多分monalisaということになる。

投稿者 machida : 04:26 PM | コメント (0) | トラックバック