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November 21, 2007
より良い
安定的な形態を知り、その形態の維持に依ることで一定の安心を得ることは、ある意味信仰といえる。信仰は割合安上がりな手法であるのは、其処には「より良さ」が必要とされていないからだ。
どうしてこうも皆同じ形態を指向するのか首を傾げたのはまだ十代の頃だったが、より良い形態へ指向する根拠は、そうした安定的なテンプレートには無いと、直観は教えてくれた。
より良い。モアベターとココロと身体が牽引されるメソドとは、個人的なバイアスに従うことがほとんどで、これが一体何なのかを知る術は、牽引されるというどうしようもなさとしかいえない。
モアベターを指向するということは、これではまだ不十分だという率直が目の前に直結するからであり、その不十分さをどうにかしようと足掻くことがメソド化して、好奇心と意欲とビジョンが統合し、あるいは夢中になることが肝心であり、その反復が相対的に上昇的であろうが、下降的であろうが関係はない。都度モアベターを説明する必要もない。
だから、あらかじめ用意されたような「より良さ」などあり得ないし、「より良い」情態の構築というのも怪しい。つまり「より良い」というのは、生存のパッションに根ざすのであって、「より良い」生活を提案するのと訳が違う。相対と比較で、悪しき点を省く、あるいは修正するだけでは、モアベターを指向する動機全てを説明することはできない。「より良い」と感じることを持続した長い時間の醗酵の中で、「より良さ」は、ある種「特異」な形態となる場合もあり、ある種の受け手からは嫌悪されることもあるが、それは仕方がない。なぜなら人間は、等しくデザインされていないからだ。
この謂わば成熟した「より良い」表象の数々を、その文脈と共に受け止めることの出来る感覚の研磨こそ、上品で寛容、知的な人間の身だしなみと云える。そしてそこにしか新しい倫理は生まれない。
投稿者 machida : 01:22 PM
November 09, 2007
差異と言葉
「わたしは〜」
と言葉にするのは、「わたし」が他との差異(difference)にまみれていることからはじまる。
つまりいかに違っているかを率直に提示することで共感を得るというのは根本的に間違っているわけだ。むしろその逆となり、「あなたとは同じではない」と、同一幻想を断つための行為と言っていい。
「わたしは〜」と言い始めることは、別れのはじまりともいえる。
表現の多くは、これと同様であり、突き抜けたものであればあるほど、徹底的な差異となって、告白者は孤立せざるを得ない。
「わたしは赤いものが白いと感じる」
という言葉の持つ意味は、受け取る側にとって、
「あなたは赤いものを白いと感じる」という言葉以上でも以下でもない。
受け取る側に欠落している情態を想起させる以外、その言葉を打ち捨てるか、忘れるしかない。ヒトは、それが有用である場合に限って想起する。
だから多くは、
「わたしは〜」と語り始めることに消極的なのかもしれない。
魂は、然し、ぶすぶすと堪えた消極的姿勢の中で燻り続けるものだ。
固有である基本構造をもつ以上、この仕組みにへこたれないよう生きるしかない。
投稿者 machida : 07:15 AM | コメント (0)
November 01, 2007
緑色に
緑色に塗られた板のペンキはところどころ剥げかかっていたが、張り巡らされた板敷きの床は、日々人の手でぬぐわれているようで埃くさくなかった。
傾いているのは船の中だからだろうか。
中央に備え付けられたテーブルがあり、誰も居ない。
どうしようもない感覚に従って、斜めの床に姿勢を保つよう壁と床を両手で支え尻を出して座り、この部屋に誰かが入ってこないようにと祈るより先に、肛門からネズミの尻尾のような大便を細く長く垂れた。緑色であればいいがなどと考えて垂れていた。水槽の金魚のようだなと、簡単な気分で立ち上がり、テーブルの向かい側の、これも備え付けられた椅子に座って振り返り、海底の砂のような色のネズミの尻尾の束を眺めた。
ドアが開き、こちらには目もくれずにひとりの女が、ああ、とため息を煙草の煙のように出して、ネズミの尻尾の前に座り込み手にしていた雑巾とバケツで汚物の片付けをはじめる。
あっ、と声を漏らしたかもしれない。ちらっと振り返り、
「色が変わってしまう」
と呟いくのだった。
女は日々の変哲の無い繰り返しの退屈を纏わせ、それ以上の感想もないといった仕草で部屋を出る。
椅子から立ち上がり、垂れた大便の在った床へ近づくと、成る程、丸く色が変わっていた。
ドアを開け、細い廊下に出て狭い階段を昇り、別の部屋のドアを押すと、先ほどの女が隅に座り込んで、ぼやきの気分を背に漂わせながら、床を拭いている。
別の部屋を探そうと、静かにドアを閉め、細い廊下を歩きはじめながら、この傾きは、固定されているので船は座礁しているのかしらと考えていた。
投稿者 machida : 11:43 PM